温暖化のオーバーシュートという現実と、これからの脱炭素の話

 地球温暖化の「オーバーシュート」という言葉をご存じでしょうか。最近、気候変動に関する国際会議や専門家の議論の中で耳にするようになってきた考え方です。脱炭素やカーボンニュートラルという言葉には馴染みがあっても、オーバーシュートと聞くと、やや専門的で遠い話に感じられるかもしれません。しかし実は、これからの気候変動対策を考える上で、避けて通れない重要なテーマだと思っています。

 オーバーシュートとは、簡単に言えば「一度は目標を超えてしまうこと」を意味します。気候変動の文脈では、地球の平均気温上昇を産業革命前から1.5℃以内に抑えるという国際目標が、現実的には一時的に超過してしまう可能性を前提に、その後どうリカバーするかを考えよう、という発想です。今年開催されたCOP30に向けた議論の中で、この考え方がより明確に俎上に載るようになりました。

 これまでの国連気候変動枠組条約締約国会議、いわゆるCOPの30年にわたる歴史を振り返ると、議論の中心は一貫して「いかにして1.5℃目標を実現するか」に置かれてきました。排出削減の目標設定、各国の行動計画、資金支援の枠組みなど、議論のゴールはこの目標に収斂していたと言ってよいでしょう。その前提が、ここへきて静かに見直され始めた。これは後退ではなく、むしろ現実を直視した上での方向修正だと私は受け止めています。

 思えば、1992年の地球サミットを起点とする気候変動に関する国際的な取り組みが始まった当初、最も懸念されていたのは、21世紀末に地球の平均気温が産業革命前と比べて4℃以上上昇するという最悪のシナリオでした。生態系への壊滅的な影響、社会システムの崩壊すら想定される未来です。それに比べれば、30年にわたる各国の努力の積み重ねにより、現在では2.5℃程度まで抑えられる見通しが立ちつつある、と評価されるようになりました。この点は、もっと正当に評価されてよい成果だと思います。

 しかし、果たしてそれで十分なのでしょうか。国連気候変動政府間パネル、正式には「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」は、世界中の科学者が参加し、最新の科学的知見を政策決定者向けに整理・評価する国際的な組織です。そのIPCCが繰り返し示しているのは、生態系の保全や災害発生頻度の抑制といった観点から、1.5℃以下に抑えることが依然として望ましい、という見解です。2℃と1.5℃の差は、数字以上に大きな意味を持つ。その認識は変わっていません。

 こうした現実を踏まえたときに浮かび上がってくるのが、オーバーシュートからのリカバリーという考え方です。排出削減をどれだけ急いでも、社会や経済の構造上、一時的に1.5℃を超えてしまう可能性が高い。その場合に重要なのは、超えてしまったから終わり、ではなく、いかに早く引き戻し、影響を最小化できるかという視点です。そのためには、排出削減だけでなく、吸収源の強化や、炭素を大気から取り除く技術・仕組みも含めた、より長期的な取り組みが不可欠になります。

 オーバーシュートへの対応が意味するのは、たとえ2050年にカーボンニュートラルを達成したとしても、それですべてが終わりにはならない、という現実です。むしろそこがスタートラインであり、その後の数十年、場合によっては50年という時間軸で、人類社会が持続可能性を十分に担保できる状態まで努力を続けることが求められます。

 この話をすると、「そんなに長い話をしても仕方がない」「目先の経営や生活で精一杯だ」という声が聞こえてきそうです。その感覚はとてもよく分かります。しかし、サーキュラーエコノミーの議論と同じで、短期的な延命策ではなく、構造そのものを変えていく発想に立たなければ、結局はより大きなコストを後世に残すことになります。オーバーシュートの議論は、脱炭素を一過性の流行語ではなく、世代を超えた長期プロジェクトとして捉え直すきっかけを与えてくれているのだと思います。

 現実を直視することは、決して悲観することではありません。これまで30年かけて最悪のシナリオを回避してきた人類の経験を踏まえれば、次の50年をどう設計するかを考える知恵も、私たちはすでに持ち始めているはずです。オーバーシュートという言葉の裏側にあるのは、諦めではなく、より粘り強い挑戦の始まりなのだと、私はそんなふうに考えています。