ここ数年、経営者の皆さまとお話をしていると、「値上げ」という言葉が、以前にも増して重たい響きを持つようになったと感じます。原材料費やエネルギー価格の上昇は一過性のものではなく、もはや“元に戻るのを待つ”という選択肢が現実的でなくなってきました。その一方で、値上げを巡る説明の難しさに、頭を悩ませておられる方も少なくないのではないでしょうか。
ご承知のとおり、原材料高とエネルギー高は、今や常態化しています。国際情勢の不安定化や為替の変動、資源制約といった複数の要因が重なり、企業努力だけで吸収できる水準を明らかに超えつつあります。加えて、電力や燃料といったエネルギーコストは、製造業に限らず、あらゆる業種に波及するため、「自社だけの問題」として片付けることが難しい状況です。
こうした動きを、さらに構造的なものにしているのが、EUを中心に進むカーボンプライシングやCBAM(炭素国境調整措置)の存在です。これらは、単なる環境政策ではなく、「炭素に価格をつける」ことを通じて、企業活動そのものの前提条件を変えようとする試みだと言えます。日本国内にいると、まだどこか遠い話のように感じられるかもしれませんが、輸出やサプライチェーンを通じて、その影響は確実に波及してきます。
このような環境下で、最近とても興味深いと感じているのは、脱炭素に積極的に取り組んでいる企業ほど、値上げについて冷静かつ論理的に説明できているという点です。単に「原価が上がったから」「世の中がそうだから」という説明ではなく、「なぜ今、このコスト構造になるのか」「その中で自社は何に取り組んでいるのか」を、きちんと言葉にできているのです。
たとえば、エネルギー効率の改善や再生可能エネルギーの導入、原材料の見直しといった脱炭素の取り組みは、短期的にはコスト増につながるケースも少なくありません。しかし、それを「環境のためだから仕方ない」と感覚的に語るのではなく、「将来の規制リスクを低減し、供給の安定性を高めるための投資である」「長期的には価格変動の影響を受けにくい体質を作るための選択である」と説明できるかどうかで、相手の受け止め方は大きく変わります。
ここで重要なのは、脱炭素そのものが交渉力を生むのではない、という点です。脱炭素に取り組む過程で、自社の事業構造やコスト構造を言語化できているかどうか、これこそが分かれ目になります。言い換えれば、「説明可能な経営」を実践しているかどうか、ということです。
「脱炭素=コスト増」という捉え方は、決して間違いではありません。ただし、それだけで話を終えてしまうと、価格交渉の場ではどうしても不利になります。一方で、「脱炭素=説明可能な経営」と捉え直すと、景色が変わってきます。なぜなら、価格の背景を説明できる企業は、取引先にとっても“先の見えるパートナー”になるからです。
実際、サプライチェーン全体で環境対応が求められるようになる中で、取引先が本当に知りたいのは、「この会社は、これからも安定して付き合えるのか」という点です。脱炭素への取り組みは、その問いに対する一つの答えになります。将来を見据え、変化を織り込んだ経営をしている会社なのか。それとも、目の前のコストだけを追いかけているのか。その違いは、数字以上に、言葉の端々に表れます。
ここで誤解していただきたくないのは、「今すぐ大きな投資をしなければならない」という話ではない、ということです。大切なのは、自社なりのストーリーを持っているかどうかです。なぜこの選択をしているのか、何を守ろうとしているのか、そしてどこへ向かおうとしているのか。それを説明できる状態にしておくこと自体が、すでに経営力なのです。
脱炭素は、もはや単なる環境対策ではありません。価格転嫁ができるかどうか、取引を継続できるかどうか、ひいては企業として選ばれ続けるかどうかに直結するテーマになりつつあります。だからこそ、「コストか否か」という二択で考えるのではなく、「交渉力を高める材料になり得るか」という視点で、一度立ち止まって考えてみてはいかがでしょうか。
説明できる会社は、強い。脱炭素の時代、その差はこれまで以上に静かに、しかし確実に広がっていくのだろうと思われます。