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コラム

2018.11.17

SDGsについて思うこと

 最近、各種の勉強会や展示会でよくSDGsの虹色マークを見かけるようになりました。外務省のウェブサイトによると、これは2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標だということなのですが、最近は大企業、特に多国籍企業の間で、あたかも一種の流行もののようによく使われている気がします。

 その中身はと言えば、国際的に社会開発や環境保全を考える上で重要な17の視点と、2030年までの到達目標が掲げられたものなのですが、日本の文脈に引き直して考えると、これまでは2020年の東京オリンピックをひとつのゴールとして頑張ってきたその先がどうにも見えない中で、その空隙を埋めるちょうど手ごろな長期目標として捉えられたのではないかと見ています。

 考えてみれば至極当然の話なのかもしれませんが、地球環境など具体的な課題に関する目標が多元的に盛り込まれていることも、技術をソリューションとして売りたい大企業の間尺に合うものだったのではないでしょうか。

 その反面で、いわゆる静脈産業などの伝統的な環境産業についてみてみると、まだまだ理解は十分とは言えません。自社のカタログやウェブサイトにSDGsに関する標記を載せているところは、まだ決して多いとは言えない状況です。これは業種的に中小企業が多いこと、国内を主な市場としている企業が圧倒的多数にのぼることなどがその背景ではないかと思うのですが、同時に本来的なSDGsの精神である「誰一人として取り残さない」を想起するに、ぜひ埋めたい隙間であろうと思われます。

 オリンピックの終了を待たずとも、むしろ世界平和を祈るオリンピックと重ね合わせるイメージで、SDGsが社会により深く浸透して行くと、持続可能な社会の建設について世界との共通言語を持てるようになるのではないかと考えています。2019年は、SDGsの普及に貢献できるような仕事をしてみたいものですが。

2018.10.11

気候変動がもたらすもの

メディアが伝えるところによると、10月8日に発表された国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)の気候変動政府間パネル(IPCC)第48回会合の報告書では、産業革命前に比べると地球の平均気温は明らかに上昇する基調にあり、2040年ごろには約摂氏1.5度上昇することが予想されているのだそうです。

産業革命前に比べて1.5度の平均気温上昇というと、パリ協定が努力目標として掲げた数字です。報告書の数字は2040年にその天井まで到達してしまうという、なかなかに厳しい予測であることがわかります。それが意味することとは、具体的にどんなことなのでしょうか?

パリ協定でもそうですが、二酸化炭素など温暖化ガスの排出削減がその対策としてクローズアップされています。国際的な協調による将来の努力、という難題への対応ですから、メディアの報道もこの部分に焦点が当たるのは当然だと思います。

他方で、条約の締結国会合(日本の報道においてはいわゆるCOPいくつ、というやつで、最新の会合は2017年にドイツのボンで開催されたCOP23です)などで議論される対策には、温暖化ガスの排出削減など、気候変動の「緩和」策と並んで、起きてしまった気候変動への「適応」についてもしっかりと議論されます。

日本では最初に「緩和」策がCO2削減とほぼ同値のような解釈がされてしまったことに比べると、「適応」策については中身がやや込み入っていることもあってか、あまり詳しく理解されていないところがあるように思います。

適応策が求められるのは、気候変動がもたらすリスクすなわち①社会資本などの脆弱性、②気候変動の影響への曝露、③災害などのハザードの3つが絡み合って発生するものということで、魚が取れる時期が変わるだとか、夏の酷暑が続くだとか、台風が大型化するとかいうような、さまざまな現象が含まれます。

ご存知のように、日本では近年になって毎年のように、7月~9月にかけて大雨や台風など、災害による深刻な被害が続いています。端的にこれを言い表すと、今日本に建っている家や、整備されている都市インフラでは、想定しうるハザードに対する脆弱性が高い状態にある、と言うことだと思います。

これに対する適応策を考えるならば、それは脆弱性の排除すなわち国土の強靭化、ということになるのでしょうが、絶対的な条件として言えることは、確実にカネのかかる話だということですね。

たとえば今後計画されるマンションには、飛んできた異物で窓が壊れないように、シャッターの雨戸が多く採用されるかもしれません。また、庭付きの物件すなわち1階部分の住戸はなくなり、ある程度床上浸水しても大丈夫な設計になるのではないでしょうか。道路舗装なども、泥掻きしやすい表面に変更されるだとか、道路の側溝や排水管の規格が見直されてより多くの排水が流れるように基準が変わって行く可能性もあると思います。

でも、今建っている家や、今川にかかっている橋や堤防などはどうなるのでしょう?積みやすく流れにくい土のう、浸水しても洗って乾かせば使える畳、あるいは橋がこわれないように流木を破壊する装置などの研究も進められなければならない、ということになるのでしょうか。なんだかせつない話ではありますが、2040年を見据えるならば、待ったなしの取り組みということになるのでしょうね。

2018.10.09

近頃の流行:自然資本という考え方

最近、国際会議に出たり横文字のニュースを読んでいると、「自然資本」と言う考え方が流行っている事に気づかされます。これはたとえば、会社の敷地に手つかずの自然があったなら、それを価値あるものとして認めよう、技術的には価値を評価してバランスシートに載せてはどうだろうか、という考えです。

民間企業のそれ、というよりは自治体などのケースだと分かりやすいと思うのですが、たとえば北海道がバランスシートを持っていたとしましょう。北海道は企業立地も限られ、手つかずの自然も多いため、伝統的な考え方ではあまり強い財務体質とは言えなかったと思います。でもその「手つかずの自然」こそが資本としての価値を持ちうると考えるなら(短期的には観光などがそうでしょう)、それはまさに資産価値を持ちうるものとして認識できるわけで、生み出される観光収入の元手として堂々と評価して良いのではないか、という考え方ですね。

手つかずの自然は、土地がそうであるように減価償却の対象にはなりません。逆に環境汚染などの実態が明らかになったらそこで減損会計の対象にされるべきものになる、ということです。そうするとどこがどう毀損されているのかが広く公開情報として共有され、人類社会共有の自然資産を守ることにつながるのでは、という期待があるのだろうと理解しています。

議論はまだ発展途上のようで、何か会計原則的なモノが決まったわけではないようですが、こういう議論をリードするのはいつも決まって米欧のオピニオンリーダーたちです。何か起こってしまった議論に応えるばかりでなく、もっとはじめのうちから議論をリードできるように、なってほしいものです願わくば。

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